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落語の世界では、マクラというものがあり、長い噺(注1)を本格的に語る前にちょっとした小咄(注2)とか、最近あった自分の身の回りの面白い話などをする。(中略)
落語家はマクラを振ることによって何をしているかといえば、観客の気持ちをほぐすだけではなくて、今日の客はどういうレベルなのか、どういうことが好きなのか、というのを感じとるといっている。
たとえば、これぐらいのクスグリ (面白い話)で受けないとしたら、「今日の客は粋じゃない」とはなし 「団体客かな」などと、いろいろ見抜く。そして客のタイプに合わせた噺にもっていく。これはプロの熟達した技だ。
それと似たようなことが授業にもある。先生の立場からすると、自分の話がわかったときや知っているときは、生徒にうなずいたりして反応してほしいものだ。そのうなずく仕草によって、先生は安心して次の言葉を話すことができる。反応によっては発問を変えたり予定を変更したりすることが必要だ。
逆の場合についても、そのことはいえる。たとえば子どもが教壇に一人で立って、プレゼンテーションをやったとする。そのときも教師の励ましが必要なのだ。アイコンタクトをし、うなずきで励ますということだ。先生と生徒が反応し合うことで、密度は高まり、場の空気は生き生きしてくる。
(齋藤孝『教育力』岩波書店による)
(注1) 噺 : 昔話や落語
(注2) 小咄: 短くおもしろい話